2018年 | プレスリリース?研究成果
複雑な生態系を維持するシンプルな仕組み
【発表のポイント】
- 複雑な生態系のバランスがいかにして保たれているかは生態学における未解決問題
- 生物種の「一人勝ち」を防ぐ仕組みが、生態系のバランスを保つ鍵であることを理論的に示した
- 生態系の成立が理解できるだけでなく、効率的な多様性保全法の開発など応用にも期待
■ 概要:東北大学生命科学研究科の川津一隆助教、近藤倫生教授のグループは、自然のバランス注1)が保たれる仕組みを世界に先駆けて解明しました。1972年、理論生態学の権威ロバート?メイ博士が「複雑な生態系は不安定である」という、従来の予想を裏切る理論解析結果を報告し研究者たちを驚かせました。注2)しかしながら、この理論予測は複雑な自然生態系が実際には存続している事実と矛盾しており、自然のバランスが保たれる仕組みの解明が待たれていました。本研究グループは、生態系における生物種の「成功(どれほど繁栄するか)」の程度によって、生物が他の種から受ける影響が変化することを組み込んだ数理モデル注3)を構築?解析しました。その結果、「成功するほど邪魔される」あるいは「失敗するほど助けられる」といった、「一人勝ち」を防ぐ仕組みが少しでもあれば、生態系が複雑でも、そのバランスは容易に保たれうることを発見しました。本研究の結果は、生物種間の関係性のあり方が自然生態系の維持を説明するだけでなく、多様性保全の鍵となることを示唆しており、基礎?応用両面から重要なものといえます。本研究の成果は,日本時間の2018年5月23日午前8:00に英国科学誌「Proceedings of the Royal Society B」にオンライン出版される予定です。なお、本研究は科学技術振興機構CREST及び日本学術振興会科研費の助成を受けて行われました。
■ 用語解説
注1)自然のバランス
自然のなかには非常に多くの種類の生物種が共存していて、その数は地球全体で数百万ともいわれています。これらの生物種はさまざまな関係を通じて互いの個体数に影響を及ぼし合っています。最も競争に強い種だけを残してほかの生物種がいなくなってしまわないのはなぜでしょうか。餌となる生物が足りなくなったり、ほかの生物に食べ尽されたりして、生物が絶滅するということがあまり生じていないのはなぜでしょうか。互いに関係する多くの生物種が個体数を極端に増やしたり、減らしたりすることなく、長い間共存できることをここでは「自然のバランス」と呼んでいます。「自然のバランス」が保たれる仕組みの解明は生態学における最も重要な課題の1つです。
注2)ロバート?メイの理論(あるいはメイの理論)
Robert May(ロバート?メイ)は1972年に生態系の複雑性と安定性の関係についてそれまでの考え方を覆す重要な理論研究の成果を発表しました。種間関係によって生物の個体数が増減する様子をとらえた数理モデルを利用して、種の数が多い生態系ほど、そして関係を結んでいる種ペアの数が多い生態系ほど、個体数の時間変化が不安定になることを理論的に予測したのです。それまで、自然生態系の複雑性こそが自然のバランスを保つのだと期待されてきましたが、それとは全く逆の予測をもたらしたのです。この理論予測は、自然は複雑だからこそバランスがとれているのだと信じていた当時の生態学者に驚きを持って迎えられました。この理論予測が登場することで、複雑な生態系(種数が多く、種間の関係の多い生態系)がどのような仕組みで維持されているかを解明しようとする研究が盛んに行われるようになりました。
注3)数理モデル
直接的な実験や観察が困難なときには、しばしば模型が利用されます。例えば、車の安全性能を調べる衝突実験には、本当の人間ではなくて、人間の特徴を備えた「衝突実験用模型」を利用するのが普通です。自然科学の研究においても、研究対象とする現象や系の注目する特徴を抽出し、そのような特徴を備えた数学的な模型を使って研究を進めることが可能です。このような数学を利用した模型のことを数理モデルと呼びます。本研究では、たくさんの生物種が互いに助け合ったり、食べたり、食べられたりすることで個体数を変動させる様子をとらえた数理モデルを利用しています。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
川津 一隆(かわつ かずたか)
電話番号:022 795 6696
Eメール:kazutaka.kawatsu.d5*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
髙橋 さやか(たかはし さやか)
電話番号:022 217 6193
Eメール:lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)