2018年 | プレスリリース?研究成果
量子力学による学習法は人工知能の性能を向上させる 量子アニーリングが拓く機械学習と計算技術の新時代
【ポイント】
- 原子?分子のミクロなスケールを支配する量子力学を利用した最適化技術である量子アニーリング(注1)を人工知能の基礎部分となる機械学習に適用した。
- これまでの学習法よりも、量子力学を利用した学習法は、より高い識別能力を持つなど、未知のデータに対しても性能を発揮する可能性が高いことを発見した。
- 今後の量子コンピュータをはじめとした、量子力学を利用したデバイスの用途として人工知能分野への応用が強く期待される。
【概要】
東北大学大学院情報科学研究科大関真之准教授が率いる東北大学と株式会社デンソーによる共同研究チームは、人工知能の基盤技術の1つである機械学習に量子力学を利用した最適化技術、量子アニーリングを適用することにより、これまでの手法に比べて学習の効果が高まる方法を発見しました。
機械学習ニューラルネットワークをはじめとした機械学習と呼ばれる技術に注目が集まっています。犬と猫の識別が画像などのデータをコンピュータに示すことによって自動的に特徴を学びとることができるようになったためです。データのどの部分に注目して強調をしたり、組み合わせたりすると、うまく与えられた課題をクリアすることができるのか、その最善の方法を、最適化問題を通して探し出しています。
一方で多岐にわたる最適化問題を解く方法として、注目されているのが、原子や分子など非常に小さいスケールのものを支配する量子力学の原理に基づく量子アニーリングです。量子アニーリングでは、様々な可能性を重ね合わせの状態を利用して探索することで最適化問題を効率的に解くことができると期待されています。最近では、カナダのベンチャー企業であるD-Wave System社がその原理に基づく世界初商用の量子コンピュータを販売したりと更に注目を集めています。
本研究では、量子アニーリングにより、機械学習における最適化問題を解いてみるという試験的な研究を実施しました。機械学習における最適化問題では、いわば効果的な予習によって、本番の試験での成績が向上するように工夫を施します。量子アニーリングを利用すると、予習の段階では提示されなかった未知のデータに対しても、うまく課題をこなすことができるようになり、本番の試験での成績に当たる汎化性能が向上することが確認されました。研究チームは様々な可能性を探索する量子揺らぎ(注2)の性質が鍵を握っていることを突き止めました。
より効果的に汎化性能を上げるためには、通常の量子アニーリングで採用されている量子揺らぎを最終的に完全に切ってしまう手法ではなく、ある程度の強度のまま量子揺らぎを残すことが重要であることが確認されました(図1)。量子揺らぎを利用した探索手法により、未知のデータであっても課題にうまく対応するようなデータの利用方法を探し出していると予想しています。
多様な分野に対して広がりを見せているディープラーニングなど、大規模なデータを処理するシステムへ本研究成果で発見された事実を活用するには、残念ながら大量のメモリを利用して高速な並列処理が可能な高性能なコンピュータ、または量子コンピュータを利用する必要があります。しかしながら本研究成果が示すように、量子力学を利用した計算技術がもたらす効果を明らかにすることで、人工知能をはじめとしたコンピュータを利用した基盤技術の性能の向上、利用価値を高める場面で、量子コンピュータをはじめとした様々な量子力学を活用した技術が取り入れられるようになり、世界を変えていくことになるでしょう。
本研究成果は2018年7月3日にSpringer Natureが発行するScientific Reports誌で公開されました。
図1:本研究成果で得られた量子揺らぎの効果例
【語句説明】
(注1)量子アニーリング
極低温において、原子や分子などの非常に小さいスケールの現象を捉えると、結果が常に変動する「量子揺らぎ」が存在することが知られています。これを利用して揺らすことでひっかかりのない安定した配置へ誘導する量子アニーリングと呼ばれる技術が1998年に東京工業大学の当時大学院生であった門脇正史氏(現:デンソー株式会社)、西森秀稔教授から提案されました。カナダのベンチャー企業であるD-Wave Systems社が量子アニーリングの原理に従ったコンピュータを製作して販売をしています。原子や分子の振る舞いを調べる量子シミュレーションや、様々な可能性の中で最も良い回答を探索する最適化問題、人工知能の基盤技術となる機械学習への応用などが注目されています。
(注2)量子揺らぎ
同じ条件であっても結果の出力が変動をする現象の背景には「揺らぎ」があると考え、その背景によって名称がつきます。温度によって調整可能なものは、熱揺らぎと呼び、水の分子が温度によって、水蒸気、水、氷と変化するための原動力となります。その熱揺らぎの効果が非常に小さい、極低温の環境では別の揺らぎの存在が確認されており、ミクロなスケールにおける原子や分子の位置や運動量(動きの勢い)は、常に揺らいでいることが知られています。それを量子揺らぎと呼びます。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院情報科学研究科
担当 大関 真之
電話番号: 022-795-5899
E-mail: mohzeki*tohoku.ac.jp (*を@に置き換えてください)