2019年 | プレスリリース?研究成果
Kー中間子と二つの陽子からなる原子核の発見 -クォークと反クォークが共存する"奇妙な"結合状態-
理化学研究所(理研)開拓研究本部岩崎中間子科学研究室の岩崎雅彦主任研究員らの国際共同研究グループ※は、大強度陽子加速器施設「J-PARC」[1]にて、クォーク[2]と反クォーク[2]が共存する「中間子束縛原子核」の生成実験に世界で初めて成功しました。
本研究成果は、量子色力学[3]における核子の質量の起源や、中性子星[4]の中心部にできる超高密度核物質の解明などの基本的理解に貢献すると期待できます。
原子核内に陽子と中性子をつなぎ止める"糊"の役目をする中間子[5]は、原子核から真空中に取り出すこともでき、固有の質量と寿命を持った「実粒子」として振る舞います。しかし、実粒子として振る舞う中間子が、陽子や中性子とともに原子核を作ることができるかは分かっていませんでした。
今回、国際共同研究グループはJ-PARCにおいて、K-中間子[5]ビームをヘリウム3原子核標的に照射する実験を行い、K-中間子と二つの陽子(p)が結合した中間子束縛原子核 "K-pp"を作ることに成功しました。この状態の束縛エネルギー[6]は50メガ電子ボルト(MeV、Mは100万)であり、これは通常の原子核の束縛エネルギーの約10倍にも達し、かつK-中間子自身の質量エネルギーの10%に達することが分かりました。ここから、この結合状態はコンパクトな高密度状態であると予想され、極めて特異的な高密度核物質が自発的に形成されたと考えられます。
本研究は、欧州の科学雑誌『Physics Letters B』掲載に先立ち、オンライン版(1月2日付け)に掲載されました。
※国際共同研究グループ
理化学研究所 開拓研究本部 岩崎中間子科学研究室
主任研究員 岩崎 雅彦 (いわさき まさひこ)
高エネルギー加速器研究機構 加速器研究施設
助教 佐藤 将春 (さとう まさはる)
日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター ハドロン原子核物理研究グループ
卓越研究員 橋本 直 (はしもと ただし)
大阪大学 核物理研究センター
教授 野海 博之 (のうみ ひろゆき)
(兼 高エネルギー加速器研究機構 特別教授)
東北大学 電子光理学研究センター
教授 大西 宏明 (おおにし ひろあき)
INFN 原子核物理学研究所
教授 カタリーナ?クルシアーヌ(Catalina Curceanu)
SMI 中間エネルギー物理学研究所
教授 エバハルト?ウィドマン(Eberhard Widmann)
本研究は、J-PARC E15国際共同研究グループ(理化学研究所、高エネルギー加速器研究機構、日本原子力研究開発機構、大阪大学、東北大学、Istituto Nazionale di Fisica Nucleare、The Stefan Meyer Instituteなどからなる国際共同研究グループ)から75名の研究者が参加し行われました。
※研究支援
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金特定領域研究「ストレンジネスで探るクォーク多体系(領域代表者:永江 知文)」を始めとする多くの科学研究費補助金による支援を受け、同時にイタリア外務省(MAECI) のStrangeMatterプロジェクト(代表者:CURCEANU, Catalina)の支援を受けて行われました。
図1 J-PARCハドロン実験ホールに設置された実験装置
K-中間子(赤矢印)はヘリウム?3原子核標的に入射され、前方に放出された中性子(白破線矢印)は中性子カウンターへ、陽子などの正電荷を持った粒子(青色破線矢印)は陽子カウンターへ向かう。反応を起こさなかった負電荷のK中間子(赤破線矢印)は取り除かれる。本研究では、水色の磁気スペクトロメータ(CDS)を用いて粒子群(Λとp)を解析し、反応で"K-pp"中間子束縛原子核状態と中性子が作られたことを同定した。
補足説明
[1] 大強度陽子加速器施設「J-PARC」
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設し運営している、大強度陽子加速器と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質?生命科学、原子核?素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用が行われている。J-PARCはJapan Proton Accelerator 雷速体育_中国足彩网¥在线直播 Complexの略。
[2] クォーク、反クォーク
クォークは原子核を構成する素粒子で、質量の異なる6種類がある。軽い方から、それぞれアップ、ダウン、ストレンジ、チャーム、ボトム、トップと名付けられている。反クォークとは、クォークの反粒子である。なお、粒子と反粒子は、電荷などプラス?マイナスの符号を持つことが許される量子数は符号が反対で、質量や寿命などの性質は同じである。同種の粒子?反粒子は、対消滅を起こす。
[3] 量子色力学
クォークとグルーオンとが従う物理法則であり、素粒子の標準理論の一部。量子色力学によれば、全てのクォークは青?赤?緑と名付けられた3つの独立な状態があり、グルーオンはそれぞれのクォークのもつ色を交換する働きを持ち、この色の交換によってグルーオンはクォークとクォークを結び付ける。量子色力学において、クォークの複合粒子は、それぞれのクォークの3種類の「色」の様々な組み合わせ方のうち1つの量子状態「無色」だけが実現されると考えられている。このことから、光の3原色にならって量子色力学と呼ばれている。「無色」しか許されないので、クォークは単体で存在できず、常に数個のクォークが集まって、バリオンや中間子などの「無色」の複合粒子を作ると考えられている。
[4] 中性子星
超新星爆発によって生まれる、中性子を主成分とする超高密度の星で、星の最終形態の一つ。半径は約10km強、質量は太陽の1~2倍で、密度は1cm3あたり10億トンに達する。宇宙空間に浮かぶ"巨大な原子核"とも呼ばれる。
[5] 中間子、K中間子、K-中間子
クォークと反クォークが、強い相互作用で結びついた状態が「中間子」である。4種類ある「K中間子」のうち「K-中間子」は、ストレンジクォークと反アップクォークで構成される。
[6] 束縛エネルギー
結合エネルギーともいう。例えば電子と原子核、原子核中の粒子(核子)同士、もしくは月と地球のように、互いに引き合う二つの物体において、お互いがどの程度強く結びついているかを表すエネルギー量。全体として結合エネルギー分だけ結合した系の質量は小さくなる。
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