2019年 | プレスリリース?研究成果
近赤外光の散乱機構をナノ電子線分光法を用いて解明 新たな熱線遮蔽フィルター材の開発に有用
【発表のポイント】
- 熱線遮蔽フィルター材料である六方晶CsドープWO3(CWO)結晶は近赤外光(*1)を吸収する物質として知られている。
- CWO結晶中のキャリア電子によるプラズモン(*2)振動が、近赤外光吸収の起源と考えられているが、そのプラズモン振動の挙動は十分に理解されていなかった。
- 透過型電子顕微鏡を用いた非弾性散乱電子の運動量依存性を計測したところ、CWOの結晶方位によって2つのプラズモン振動エネルギーが存在することが明らかになった。
- この結果は、CWO結晶内のキャリア電子が結晶方向に依存して異なる振る舞いを示し、CWOの特性を理解するうえで重要なだけでなく、熱線遮蔽フィルター材料開発に向けた新たな評価技術を提示した。
【概要】
東北大学多元物質科学研究所 佐藤庸平准教授、寺内正己教授は、住友金属鉱山株式会社 足立健治氏と協力し、運動量移送分解電子エネルギー損失分光法(qEELS)(*3)を用いて、実用熱線遮蔽材料である六方晶Cs0.33WO3(CWO)のキャリア電子による集団振動(プラズモン振動)が、結晶方向に依存して異なるエネルギーで振動していることを明らかにしました。
熱線遮蔽フィルターは、CWO結晶のナノ粒子が分散した構造をしており、近赤外(NIR)領域の"熱い光"を遮蔽することから、室内の温度上昇を抑える光フィルターとして車や電車の窓に用いられています。熱い光を遮蔽する起源は、CWOナノ粒子中のキャリア電子によるプラズモン振動が、熱い光と相互作用することに起因します。一方で、これまでプラズモンを仮定した光吸収のシミュレーションは、実験で得た光吸収スペクトルと一致せず吸収メカニズムの詳細は明らかではありませんでした。
CWO結晶は、六方晶という非等方的な結晶構造をしているため、キャリア電子によるプラズモンは結晶方向に依存して異なる振る舞いを示すことが予想されます。この異方性を確かめるため、佐藤らは透過型電子顕微鏡を使ってqEELS測定を行い、CWOのプラズモン振動の結晶方向依存性を調べました。その結果、CWOの結晶方向に依存して異なるエネルギーのプラズモン振動を計測することに成功しました。この結果は、CWOナノ粒子のプラズモン振動も同様に異方的性質を持つと考えられ、これら2つのプラズモン振動モードが高効率光遮蔽性能の起源であることを示唆しています。この光散乱メカニズムの理解は、さらなる高効率フィルター材料を開発するための指針となり、新しい光機能性を持つマテリアルデザインへ役立つと期待されています。
本研究は、科研費(若手研究(B))および共同研究拠点?アライアンス研究拠点の助成を受けて行われました。本研究の成果は、2019年11月13日に米国物理協会(AIP)の科学誌Journal of applied physicsオンライン版に掲載されました。
図1:(a)運動量移送を伴う非弾性散乱過程。散乱された電子の運動量方向とは逆向きにプラズモン振動を誘起する。(b)透過型電子顕微鏡を用いたqEELS測定のための装置設定。
【用語解説】
(*1) 近赤外光:波長800nm~2500nm程度の電磁波。この電磁波が照射されると熱く感じる。
(*2) プラズモン:外場によって誘起された電子の粗密波による集団振動。
(*3) 電子エネルギー損失分光法(EELS): 高加速された照射電子(100キロ電子ボルト程度)が、試料を透過したときのエネルギー損失量を計測する測定手法のこと。材料中の電子がどれくらいのエネルギーを吸収したか調べることができる。エネルギー吸収量から、材料中で誘起される物理現象(電子励起、プラズモン振動)を予測することができます。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
担当: 准教授 佐藤庸平
教授 寺内正己
電話: 022-217-5374
E-mail: yohei.sato.c4*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
広報情報室
電話: 022-217-5198
E-mail: press.tagen*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)