2020年 | プレスリリース?研究成果
フラボノイド生合成酵素の「影武者」カルコン異性化酵素類似タンパク質 陸上植物の生存戦略におけるその役割
【発表のポイント】
- 約4億5000万年前の地球において植物が上陸したときに、陸上環境に適応するために植物はフラボノイドとよばれる化合物群を生産するようになった。現存の陸上植物においても、フラボノイドはストレスへの適応や生殖に欠かせないものとなっており、ヒトの健康に関わる食品成分としても注目されている。
- フラボノイドの生合成に関わる酵素の一つカルコンイソメラーゼ(CHI)と瓜二つであるが酵素活性を持たないタンパク質(カルコン異性化酵素類似タンパク質CHIL)が、フラボノイド合成の鍵酵素(カルコン合成酵素)の活性を矯正し、フラボノイド合成の効率を向上させる働きがあることが分かった。また、この働きが陸上植物で普遍的であることも分かった。
- CHILは有用フラボノイドを異種生物で効率良く生産させるための必須なツールになると考えられる。
【概要】
東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻応用生命化学講座の研究グループらは、フラボノイド注1)の生合成に関わる陸上植物注注2)に普遍的な代謝戦略を見いだしました。この発見は、植物の陸上環境への適応注注3)のための代謝戦略や酵素の機能進化の理解に向けて多大なインパクトを与えるものであり、またこの有用な化合物群の効率的生産のために必須な要素となることが期待されます。
この共同研究は科学研究費補助金(番号18H03938)および基礎生物学研究所の助成を受けて実施され、その成果は2月13日に総合科学誌Nature Communicationsに掲載されました。
図 CHIL の役割。 CHIL はフラボノイド生合成の初発酵素CHS に結合し、その生成物特異性のあいまいさを矯正することにより、フラボノイド生合成の効率を上げる。フラボノイドは陸上植物の生殖や環境変化への適応を支える。
【用語解説】
注1)フラボノイド:陸上植物(コケ植物、シダ植物、裸子植物、被子植物)がつくる、C6-C3-C6の基本構造を持つ化合物群。フラボノイドは植物の生殖に関わるばかりでなく、病害虫や環境変化に対する応答機構や微生物との共生関係の樹立に関わるなど植物の生存に不可欠の役割を果たしています(図)。フラボノイドは花色の主な原因物質であり、花色の赤?青?紫はほとんどの場合、アントシアニンという種類のフラボノイドに起因し、またキンギョソウやコスモスなどいくつかの花の黄色い花色はオーロンというフラボノイドに起因します。またフラボノイドは、これを摂取したヒトに対しても、動脈硬化予防効果や発がん抑制効果などの健康に好ましい効果を示すことが知られています。
注2)陸上植物:5億年以上前の地球上の植物は水生の藻類のみでしたが、今からおよそ4億5千万年前(オルドビス紀後期)に、シャジクモ藻類に近い原始植物を直接の祖先とする最初の陸上植物が地球上に現れ、それは現在のコケ植物に近い植物であったと推定されています。その後、陸上植物は維管束系を発達させ、シダ植物?裸子植物(例:イチョウ、マツなど)?被子植物(例:双子葉類 キンギョソウ、アサガオ、タンポポなど;単子葉類 イネ、ハナショウブなど)が進化しました。
注3)陸上環境への適応:植物の上陸当時、地球の大気中の酸素濃度は現在のレベルとほぼ同じであったとされ、また二酸化炭素濃度は現在のレベルの十数倍であったと考えられています。水中環境と異なり、上陸した植物は太陽からの有害な紫外線を直接的に浴びるとともに、有害な活性酸素の基となる高濃度の酸素ガスに常に曝露されながらの生育を余儀なくされました。フラボノイドはもともと、植物がこうした環境ストレスに適応するために植物自身によってつくられるようになったと考えられています。現存する陸上植物は全てフラボノイドを合成します。フラボノイドは植物の陸上環境での繁栄を支える重要な化合物群となっています。
問い合わせ先
(研究に関して)
東北大学大学院工学研究科 バイオ工学専攻
教授 中山 亨
E-mail: toru.nakayama.e5*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関して)
東北大学工学研究科情報広報室 担当 沼澤 みどり
TEL: 022-795-5898
E-mail: eng-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)