2024年 | プレスリリース?研究成果
オピオイド鎮痛薬の副作用発現に関わるシグナル分子機構を解明 ― 副作用を低減した鎮痛薬の開発に貢献 ―
【本学研究者情報】
〇大学院薬学研究科 分子細胞生化学分野
教授 井上飛鳥
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- オピオイド系鎮痛薬の副作用機序の分子理解と、副作用を減弱した鎮痛薬の創製は急務かつ重要な課題です。
- オピオイド系鎮痛薬の作用点であるμ(ミュー)オピオイド受容体(MOR)(注1)のシグナル伝達制御因子であり、副作用に関連するβアレスチン(注2)が、Gβ5-GPCRキナーゼ3(GRK3)(注3)の経路により活性化を受けることを明らかにしました。
- 1分子観察によって、Gβ5はGRK3と一過的に結合し、MORとGRKが結合する頻度を増加させることを世界で初めて見出しました。
【概要】
モルヒネに代表されるオピオイド系鎮痛薬(以下、MOR作動薬)は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)(注4)の1種であるμ(ミュー)オピオイド受容体(MOR)に結合することで薬効を発揮します。
MOR作動薬の継続使用には様々な副作用が伴います。副作用の一部に関与するシグナル伝達制御因子であるβアレスチンの活性を減弱させたGタンパク質バイアス型(注5)MOR作動薬は安全性の高い鎮痛薬になると提唱されています。しかし、開発されたGタンパク質バイアス型MOR作動薬にも未だ副作用が残存することが報告されており、その分子機構は不明でした。
東北大学大学院薬学研究科のカリニョ カーロ マリオン コドッグ大学院生、木瀬亮次特任助教、井上飛鳥教授らの研究グループは、MOR作動薬による細胞内シグナル伝達の特性をシグナルアッセイと一分子観察により解析しました。その結果、Gタンパク質バイアス型MOR作動薬は、非典型的経路であるGβ5-GRK3経路によりβアレスチン活性を誘導する現象を見出しました。
MOR作動薬によるβアレスチン経路活性化メカニズムの理解や副作用を低減させた鎮痛薬の開発に繋がることが期待される成果です。
本研究成果は、2024年11月21日(現地時間)にEuropean Journal of Pharmacology誌の電子版に掲載されました。
図3. 三色同時一分子イメージングによるMOR、GRK3、Gβの共局在解析
(A)一つの細胞において、異なる3色の蛍光色素で標識したMORタンパク質分子(黄色)とGRK3タンパク質分子(マゼンタ)、Gβ5タンパク質分子(青)を同時に撮影した蛍光顕微鏡画像。この例は作動薬刺激前の細胞を示す。生細胞を用いて、蛍光画像を連続撮影することで、輝点を追跡した軌跡から各分子の拡散動態を、輝点の明るさから同じ場所に集まっている分子数を推定できる。さらに、近接する蛍光色の異なる2輝点の挙動を追跡することで、2分子間の結合頻度?共局在時間?共局在中の拡散動態を定量した。(B)一連の解析から推測された形質膜上におけるGRK3の挙動変化のモデル図。Gβ1発現条件では、Gβ1とGRK3の共局在時間は増加していた。また、作動薬刺激後GRK3は形質膜上を遅く、制限された領域拡散する状態の割合が上昇した。MORとGRKの相互作用頻度について、作動薬刺激前後で変化は見られなかった。
(C)Gβ5発現条件においてGβ5とGRK3の共局在時間は増加しなかった。また、GRK3は形質膜上を速く拡散する状態の割合が上昇した。MORとGRKの相互作用頻度は、作動薬刺激後に増加していた。このことから、Gβ5はGRK3と一過的に相互作用することで、GRK3の細胞質から形質膜への移行を効率的に行っていると考えられる。また、形質膜移行後のGRK3が速く拡散する状態にあることで、MORと相互作用頻度を増加させ、GRK3によるMORのリン酸化が生じていることが示唆された。
【用語解説】
注1. μ(ミュー)オピオイド受容体(MOR)
内因性オピオイドペプチドであるダイノルフィンやエンケファリンのほか、モルヒネなどのオピオイド系鎮痛薬により活性化されるGPCR。オピオイドペプチドや作動薬が結合するとGiタンパク質を介して神経活動を抑制することで鎮痛、鎮静作用を生じるほか、作動薬の副作用である鎮痛作用に対する耐性形成、便秘、オピオイド依存性、呼吸抑制を生じる。
注2. βアレスチン
リン酸化されたGPCRに結合する細胞質タンパク質。三量体Gタンパク質と
競合することでGタンパク質シグナルに拮抗する役割があるほか、GPCRの内在化やシグナル因子の足場としても機能する。
注3. GPCRキナーゼ(GRK)
作動薬により活性化したGPCRに結合して、そのセリン?スレオニン残基をリン酸化する酵素(キナーゼ)である。4種類のGRKサブタイプ(GRK2、GRK3、GRK5、GRK6)が全身に広く発現しており、広範なGPCRのリン酸化を担う。
注4. Gタンパク質共役型受容体(GPCR)
7回細胞膜を貫通する構造を有する受容体分子。細胞外の物質を認識すると活性型へ構造変化し、細胞内の情報伝達分子を介して、細胞外の情報を細胞内へ伝達する。
注5. Gタンパク質バイアス型作動薬
Gタンパク質活性を有しつつ、βアレスチン活性を低減したGPCR作動薬。
【論文情報】
タイトル:Signal profiles and spatial regulation of β-arrestin recruitment through Gβ5 and GRK3 at the μ-opioid receptor(日本語訳:μオピオイド受容体におけるGβ5とGRK3を介したβアレスチン膜移行のシグナル?空間制御の解明)
著者: Carlo Marion C. Carino1#, Suzune Hiratsuka1#, Ryoji Kise1,*, Gaku Nakamura1, Kouki Kawakami1, Masataka Yanagawa1,2, Asuka Inoue1,3,*
#共同第一著者
*責任著者:東北大学 大学院薬学研究科 特任助教 木瀬 亮次、同教授(京都大学 大学院薬学研究科 教授 併任) 井上飛鳥
掲載誌:European Journal of Pharmacology
DOI: 10.1016/j.ejphar.2024.177151
※著者の所属先については、下記のプレスリリース本文をご覧ください
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
教授 井上 飛鳥(いのうえ あすか)
TEL: 022-795-6861
Email: iaska*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
総務係
TEL: 022-795-6801
Email: ph-som*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています