2025年 | プレスリリース?研究成果
【TOHOKU University 雷速体育_中国足彩网¥在线直播er in Focus】Vol.029 一人ひとりが自分の体質を知って健康に留意する社会を目指して
本学の注目すべき研究者のこれまでの研究活動や最新の情報を紹介します。
東北大学 東北メディカル?メガバンク機構 副機構長 大根田 絹子 教授

東北大学 東北メディカル?メガバンク機構 副機構長 大根田 絹子(おおねだ きぬこ)教授
東北メディカル?メガバンク機構は、東日本大震災で被害を受けた地域医療の復興と、大規模情報化に対応した新たな医療の構築を目的として2012年に設立されました。そして2013年、宮城県と岩手県で健康調査(東北メディカル?メガバンク(TMM)計画)を開始しました。開始から4年間で15万人の地域住民の協力が得られ、参加者の遺伝と生活習慣に関係する情報を収集することができました。現在は参加者の遺伝情報の詳細な解析を行うと共に、定期的な健康調査(追跡調査)を継続しています。
分子生物学を専門としている大根田さんは、今もその研究を続けながら、2019年に着任した機構では主に、参加者の遺伝情報をお返し(回付)する事業と、TMMが集めたデータを研究機関や企業に活用してもらうための事業を担当しています。

健康調査の様子
個々人の遺伝的体質
ゲノムという言葉をよく聞くようになりました。これは生物がもっている遺伝情報のすべて、具体的にはDNAを構成する塩基の全配列のことです。ヒトのゲノムはほぼ共通していますが、わずかずつの個人差があります。近年、この塩基配列を読み取る装置(シークエンサー)の性能が飛躍的に向上したことで、多数の個人のゲノムの塩基配列(ゲノム情報)を網羅的に読み取って比較することが可能になりました。
遺伝子とは、遺伝的な機能をもつ塩基配列の区画のことです。病気の発症には、食生活を含む生活習慣や生活環境の要因に加え、"体質"と呼ばれるような遺伝的な要因も関係します。遺伝的要因の多くには、その人がもっている個々の遺伝子や複数の遺伝子の組み合わせが関係しています。そうした遺伝的要因と他の要因との組み合わせにより、特定の病気の発症しやすさ(リスク)が決まる可能性があります。
TMM計画は、そのような遺伝的背景や生活習慣が健康上の問題を引き起こす仕組みを解明し、一人ひとりが自分に合った方法で健康管理や病気の予防?治療法を選択できる社会を実現することを目的としています。参加登録者の方々には、データが充実した暁には、個人の遺伝的特徴に関する情報をお返しする計画がありますと説明してきました。2015年、コレステロール値が高い方に対して、原因となる遺伝子変異を持っているかどうかのお知らせを試行的に実施したのを皮切りに、実績を積んできました。
遺伝的要因ということで気になるのが、がんの発症リスクです。特定の遺伝子に特徴(遺伝的な変異を意味する「病的バリアント」と呼ばれる)があることによって発症するがんは、がん全体のおよそ5?10%といわれています。この特徴をもつことがわかった場合には、定期的な詳しい検査を行うことで早期発見を心がけたり、がんにかかりやすい器官を切除する予防措置的な診療を行う選択肢が確立されているものもあります。しかし、「あなたはがんにかかりやすい体質です」という情報を伝えるにあたっては慎重さが求められます。
大根田さんの研究チームは、予備調査として、乳がんや卵巣がんにかかりやすい体質の人6人との面接を行い、病的バリアントの保有者であることを伝えました。すると、「教えてもらえてよかった」という反応を得られたことから規模を拡大した調査を実施することにしました。今回の対象に選んだのは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群と呼ばれる遺伝性のがんで、知られている2つの遺伝子のどちらかに変異があることで、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんなどにかかりやすくなることが確認されています。日本人女性の場合、毎年およそ10万人が乳がん、1万人が卵巣がんと診断されています。そのうち乳がんの4%、卵巣がんの15%は遺伝性乳がん卵巣がんに該当するとされており、この体質の女性が生涯で乳がんと診断される確率(リスク)は60?70%、卵巣がんは20?40%です。男性の場合は前立腺がんを発症するリスクが上がります。
TMM計画で集めた遺伝情報の膨大な解析結果から、238人の遺伝性乳がん卵巣がん症候群の保有者が抽出されました。今回は、994人にゲノム情報解析結果の返却を希望するかどうかを問い合わせることにしました。内訳は、病的バリアント保有者238人と,ランダムに選んだ非保有者の一部756人です。調査対象に非保有者も含めたのは、病的バリアント保有者だけを調査の対象とすると、調査のお知らせ自体が病的バリアント保有を示唆する恐れがあったためです。この段階では、具体的な病名も明らかにしない配慮をしました。その結果、病的バリアント保有者129人が返却を希望し、対面での研究説明を受けた112人が研究に参加しました。情報返却を希望した477人の非保有者には、対象疾患の病的バリアントが見られなかったことを郵送で説明しました。
病的バリアント保有者として今回の研究に参加した112人の再検査を行ったところ、12人は保有者ではないことがわかりました。最終的に対面での情報返却に参加した97人のうち、78人が医療機関での精密検査を希望しました。さらにそのうちの6人はがん発症リスクを低減させる手術を受けたほか、3人のがんが早期の段階で発見できました。残る19人は、自己負担となる医療費や通院の手間と時間を理由に医療機関の受診をしませんでした。
ここで重要なのは、対面での説明には、遺伝性の病気の診察治療にあたる臨床遺伝専門医、または臨床遺伝専門医による講習を受けた医師に立ち会ってもらったことです。また、情報返却の1年後に、返却を受けたことによる心理的ストレスや返却後の行動についてのアンケート調査を実施しました。その結果、研究説明後と比べて返却1年後においても、がん発症に対する不安の増加は見られませんでした。この成果は、2025年1月に国際的な学術誌で論文として公表されました。

臨床遺伝専門医による説明
遺伝情報をどう伝え、どう活用するか
このような調査を行い、しかも専門の医師の立ち会いのもとでの説明を行ったのは、そもそもTMM計画は参加協力者の診断や治療を目的に実施されたものではないという事情が関係しています。それと、自分が遺伝的にがんにかかりやすい体質だと知ることには、一般に心理的に高いハードルがあります。
東北メディカル?メガバンク機構の仕事は、あくまでも病的バリアント保有者を病院の入り口まで届けることです。さらには、親または子は、50%の確率で同じ病的バリアントを保有しています。これについても丁寧な説明を行いましたが、そのことを家族に伝えるかどうかはご本人次第です。今回の調査では、子には伝えた人が多く、特に乳がんと卵巣がんにかかりやすい体質であることを娘には伝えた人が多かったという結果が得られました。ただし伝えられた家族のうち、ご自身が病院を受診して遺伝学的検査を受けたのは1人だけでした。
病院で遺伝学的検査を受けるにあたっては、事前に遺伝カウンセリングを受けて、その後で実際に検査を受けるかどうかの判断をご自身ですることになります。遺伝カウンセリングを受けられる医療機関は限られています。2024年12月時点で、全国の認定遺伝カウンセラーは428人で、宮城県には5人がいるだけです。遺伝学的検査の精度が上がり、特定の遺伝子だけを調べるのではなく、たくさんの遺伝子を網羅的に調べる検査が増えている中、一般人を対象とした遺伝教育や認定遺伝カウンセラーの養成も望まれます。
大根田さんが遺伝情報の返却を始めた当初、学会には、それは参加登録者へのサービス的なキャンペーンであって研究ではないという目で見る風潮があったそうです。しかし、がんの標的遺伝子検査(パネル検査)が一般的になってきた昨今、講演依頼も増え、関心の高まりを実感しています。今後は、遺伝性がん以外の遺伝性の病気や、複数の要因が関係する生活習慣病などの病気へと対象を広げると同時に、健康診断の一環として実施したゲノム情報の適切な返却方法の検討など、取り組みの幅を広げていく予定です。

遺伝情報回付の位置づけ。ToMMoの全ゲノム解析情報は、バイオバンクに格納され研究者に用いられているが、バイオバンクに情報を提供した人でアクショナブルな病的バリアントを保有する人に裨益するために個別に遺伝情報を回付し医療機関に紹介している。
文責:広報室 特任教授(客員) 渡辺政隆
関連リンク
- プレスリリース|遺伝性がんのゲノム解析結果を一般住民に返却 個別化ゲノム予防?医療の社会実装に向けた大きな一歩(2025年1月22日付)
- コホート調査における遺伝情報回付|東北メディカル?メガバンク機構ウェブサイト
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