2025年 | プレスリリース?研究成果
特定の金属イオンだけ細胞膜を透過させる抗生物質の役割の一端を解明 ─新しいがん治療薬や希少金属回収技術開発への発展に期待─
【本学研究者情報】
〇大学院理学研究科化学専攻
教授 美齊津文典
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- イオノフォア(注1)という特殊な有機分子は、特定の金属イオンを細胞内へ送りこむのを助けます。例えばイオノフォアの一種であるビューベリシン(以下、BEA)分子は、バリウムイオン(Ba2+)とカルシウムイオン(Ca2+)の細胞膜透過を助けることが報告されていました。
- 本研究では、なぜBEAがBa2+の透過を助けるのかを、BEAとさまざまな金属イオンとの錯体(注2)の構造を調べて明らかにしました。
- Ba2+とBEAの錯体は、BEAの持つ3つのベンゼン環がBa2+を取り囲んだ非常にコンパクトな無極性構造を持つことを世界で初めて明らかにしました。
- このような膜透過に適した構造を明らかにすることによって、金属イオンごとに細胞内へ送り込むのを助けるイオノフォアの開発に役立つことが期待されます。
【概要】
生物の細胞はすべて細胞膜で仕切られています。この膜をイオンなどが通り抜けるには、イオノフォアと呼ばれる分子などの手助けが必要です。生体膜を通したイオン輸送のメカニズムの解明は生物学の中心問題の一つであり、ノーベル賞の対象となってきました。
例えば、ビューベリシン(BEA)という分子はイオノフォアの一つで、Ba2+とCa2+を選択的に輸送しますが、そのメカニズムは解明されていませんでした。
東北大学大学院理学研究科の上岡俊介大学院生、大下慶次郎助教(現 北海道教育大准教授)、美齊津 文典教授らの研究グループは、Ba2+とBEAとの錯体だけが、BEAの3つの芳香環(注3)とイオンとの間で強い相互作用をもち、安定でコンパクトな無極性構造(注4)を作ることを発見しました。この構造は膜の透過や拡散に適しており、選択的なイオン輸送の起源がこのコンパクトな構造にあると考えられます。
本研究成果は、2025年 7月16日に米国化学会発行のThe Journal of Physical Chemistry Lettersに掲載されました。

図1. (a) ビューベリシン(BEA)の構造式。(b) Ba2+との錯体でのみ形成される、コンパクトな無極性構造。
(c) Ba2+以外のアルカリ土類金属イオン(Mg2+、Ca2+、Sr2+)、およびアルカリ金属イオン(Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+)との錯体で形成される、かさ張った極性構造。
【用語解説】
注1.イオノフォア:生体膜において、特定のイオンの透過性を増加させる能力を持つ有機分子。主に細菌によって生産される抗生物質である。
注2. 錯体:金属イオンに有機分子などの配位子が結合した化合物。
注3. 芳香環:ベンゼン環に代表される、電子が分子全体に広がって特有の安定性を持つ環状構造。
注4. 無極性構造:分子全体で電荷の偏りをもたない構造。
【論文情報】
タイトル:Compact Conformation of Ba2+-Beauvericin Complex by Triple Cation-π Interactions: Insight into Ion Transport Mechanism from Gas-Phase Structures
著者: Shunsuke Kamioka, Ryosuke Ito, Keijiro Ohshimo*, Fuminori Misaizu*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 大下慶次郎、教授 美齊津文典
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters
DOI:10.1021/acs.jpclett.5c01573
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院理学研究科化学専攻
教授 美齊津文典(みさいづふみのり)
TEL: 022-795-6577
Email: misaizu*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院理学研究科
広報?アウトリーチ支援室
TEL: 022-795-6708
Email: sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)