2025年 | プレスリリース?研究成果
「トポロジー」と「対称性の破れ」の交差点 ――鉄系超伝導体における新たな量子状態の発見――
【本学研究者情報】
〇大学院理学研究科物理学専攻
准教授 水上雄太(みずかみ ゆうた)
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 鉄系超伝導体FeSe1-xTexの一部組成において、超伝導転移とともにバルクで自発的な磁場が発生し、時間反転対称性の破れを伴う超伝導状態が実現することを明らかにしました。
- FeSe1-xTexはトポロジカル表面状態を持つことが知られており、時間反転対称性の破れた超伝導がトポロジカルな電子構造と共存することが直接示されたのは本研究が初めてです。
- 本結果は、磁性トポロジカル絶縁体と相対する超伝導体を発見したものであり、今まで考えられていなかった新たなトポロジカル超伝導状態の可能性を示すものです。
【概要】
東京大学大学院新領域創成科学研究科の六本木雅生大学院生 (研究当時/現在:理化学研究所研究員)、石原滉大助教、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、同大学低温科学研究センターの藤井武則助教、東京都立大学大学院理学研究科の水口佳一准教授、山下愛智助教、東北大学大学院理学研究科の水上雄太准教授、弘前大学大学院理工学研究科の渡辺孝夫教授(研究当時)らのグループは、コロンビア大学、ブリティッシュコロンビア大学、マクマスター大学などの研究グループと共同で、鉄系超伝導体FeSe1-xTexの一部組成において時間反転対称性が破れた新奇な超伝導 (注1、図1) 状態が実現していることを明らかにしました。
本研究では、ミュオンスピン緩和法(μSR、注2)という物質内部の磁気に関する微細構造を高感度に測定できる手法を用いて、FeSe1-xTexの電子状態を調査しました。その結果、時間反転対称性の破れ(注3)を示す明確な証拠が発見されました。
特にTe量(x) 0.64という組成では、トポロジカル表面状態(注4)とマヨラナ準粒子(注5)の存在が示唆されており、本研究によりトポロジカルな電子構造と時間反転対称性の破れた超伝導が物質内部(バルク)で同時に存在することが明らかになりました。このような超伝導状態では、トポロジカル絶縁体に磁性を導入した磁性トポロジカル絶縁体における「ディラックギャップ(注6)」と類似した現象が超伝導状態でも現れる可能性があり、量子情報科学に応用が期待される新たな現象の探索につながると期待されます。
本研究成果は2025年7月23日付けで、英国科学誌 Nature Communications にオンライン掲載されました。

時間反転対称性の破れた超伝導とトポロジカル表面状態のイメージ図
【用語解説】
(注1)超伝導
金属を冷却すると電気抵抗がゼロになり、電流が流れ続ける現象。物質内部の外部磁場を排除するマイスナー効果も持つ。
(注2)ミュオンスピン緩和法(μSR)
スピンを持つ素粒子ミュオンを物質に打ち込み、ミュオンのスピン回転から物質内部の磁場の有無や分布を高感度で測定する手法。百ナノテスラ(ミリガウス)レベルの磁場も検出可能。
(注3)時間反転対称性の破れ
物理法則が時間を逆向きにしても成り立つ性質を「時間反転対称性」と呼び、これが自発的に破れると物質内部に磁場が現れる。通常の超伝導体では時間反転対称性が保たれているが、ごく一部の例外として時間反転対称性の破れた超伝導体が存在する。
(注4)トポロジカル表面状態、トポロジカル超伝導
トポロジカル表面状態とは、物質のバルクが絶縁体や超伝導体であっても、表面にのみ伝導性を持つ特殊な電子状態である。トポロジーと呼ばれる幾何学的性質に起因しており、外部からの乱れに対して非常に安定であることが特徴である。トポロジカル表面状態では、電子のスピンと運動方向が結びついたスピン運動量ロッキングが現れ、スピントロニクスや量子情報への応用が期待されている。トポロジカル超伝導は、このようなトポロジカルな電子構造を持つ物質において超伝導が発現している状態を指す。特にその表面や渦糸中には、マヨラナ準粒子(注5)と呼ばれる特殊な準粒子が出現すると理論的に予測されており、量子計算におけるトポロジカル量子ビットの実現に資する可能性があるため注目を集めている。
(注5)マヨラナ準粒子
粒子と反粒子が一致するという特殊な準粒子で、トポロジカル超伝導体の渦糸中に出現するとされる。誤りに強い量子ビットの構成要素として注目されている。
(注6)ディラックコーン、ディラックギャップ
ディラックコーンとは、電子のエネルギーが運動量に対して直線的に変化し、円錐(コーン)状に広がるエネルギー構造のことを指す。この構造は、トポロジカル絶縁体や一部の超伝導体の表面状態に現れ、電子が質量を持たない粒子のように高速で運動することを可能にする。通常、このディラックコーンの交点にはすき間(ギャップ)はないが、時間反転対称性が破れたとき、その部分にエネルギー的なギャップ(ディラックギャップ)が開く。ディラックギャップの形成は、試料端を流れる量子化された自発電流(カイラルエッジモード)などの新奇な量子現象の出現と深く関係しており、トポロジカル物質の研究において注目されている。
【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
題 名:Topology Meets Time-Reversal Symmetry Breaking in FeSe1-xTex Superconductors
著者名:M. Roppongi*, Y. Cai, K. Ogawa, S. Liu, G. Q. Zhao, M. Oudah, T. Fujii , K. Imamura, S. Fang, K. Ishihara, K. Hashimoto, K. Matsuura, Y. Mizukami, M. Pula, C. Young, I. Markovic, D. A. Bonn, T. Watanabe, A. Yamashita, Y. Mizuguchi, G. M. Luke, K. M. Kojima, Y. J. Uemura*, and T. Shibauchi*
DOI: 10.1038/s41467-025-61651-y
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 水上 雄太(みずかみ ゆうた)
電話:022-795-6476
Email:mizukami*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学大学院理学研究科
広報?アウトリーチ支援室
TEL:022-795-6708
Email:sci-pr*mail.sci.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)
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