平成26年9月東北大学学位記授与式告辞
本日ここに、晴れて学士の学位を授与された22名の皆さん、修士の学位を授与された84名の皆さん、専門職の学位を授与された5名の皆さん、そして博士の学位を授与された145名の皆さん、おめでとうございます。東北大学を代表して、心よりお祝いを申し上げます。また、ここに至るまでの皆さんを支えてこられたご両親、ご家族、関係者の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。
2011年3月11日に発生した東日本大震災から、早いもので三年半余が経ちました。振り返れば、皆さんが学生生活を過ごした時期は、皆さんにとっても、東北大学にとっても、大震災に直面して甚大な被害を受け、その復旧?復興の途上で奮励努力を求められた大変な時期でした。皆さんの多くはプレハブなど、不十分な施設?設備での授業や研究を行ってきたと思います。本日この場に、そうした重い歴史を乗り越えて、新しい時代の先駆者として期待される皆さんが一同に結集していることに、深い感動を覚えています。どのような道を進むにしても、そして社会?世界がどのように変化しようとも、皆さんは、これまで本学で培われた人間力を基盤としたその専門力を実践の場で発揮し、未来を切り拓かれんことを切望しています。
そうした皆さんを送る言葉として、いささか通俗的で、あまりにお馴染みのものかもしれませんが、あえて「学び続ける」ということ、勇気をもって疑うこと、そして新たな可能性を追求してもらいたいことを、お伝えしたいと思います。
「学ぶ」ことの大切さについて、異論を唱える人はほとんどいません。
科学技術という知的活動が社会において認知されたこの二世紀余を振り返ると、人間の「学ぶ」という行為は、現実を理解する道具であるだけでなく、現実そのものを変え、新しい現実を創造するという人為が及ぶ領域の拡大に力を発揮してきました。こうした科学技術の歩みを考えると、科学技術文明はまさに「学ぶ」という知的活動を通して人間が樹立した壮大な人工システムであり、『知識は力なり』という指摘は極めて味わい深い言葉となります。
人間には、自然や社会を主体的に制御したいという野心があります。その野心を基に専門的知識を駆使し、その時々の必要や利益によって様々な人工物を創出してきました。今や人間は自分たちの欲してきた人工物に取り囲まれた環境の中で生きています。そのことは逆に、人間は自分の想定した人工物を超える外部世界の力を、鋭敏に捉える感覚を後退させてしまったということでもあります。
先般の東日本大震災という自然の力は、これまでの想定に基づく人工システムを根底から破壊し、多くの犠牲の上に、改めて「学び」の限界を浮き彫りにしました。特に原子力発電所という科学的知識の粋を結集した安全なシステムが一気に危険な装置となったことは、学びの蓄積が壊滅しただけでなく、学びの成果が新たな脅威に転化する現実を示しました。別の言い方をするならば、「学ぶ」ことへの謙虚さを失った人間の過信の危うさを痛烈に教えたと言えます。
「天災は忘れた頃にやってくる」という警句で知られる物理学者の寺田寅彦先生は、1934年に書かれた「天災と国防」というエッセイで「ここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の脅威による災害がその激烈の度を増すという事実である。」と、今から80年前に看破しています。
このように言えば、人間の想定を前提とした人工システムが、何か悪いような印象を与えるかもしれません。もとより責任逃れで想定外と弁解するのは論外です。しかし、少なくとも、人間は想定を持たないで生きることが考えられない動物であり、人間が「学ぶ」のは、予見という想定を踏まえた上で可能な限り不安定な未来に備え、そのために努力することにほかなりません。それこそ自らの運命を自らの力で守り、切り拓いていく人間の精神的な態度の現れなのです。
問題の核心は、想定を持たないで生きられないことと、想定に束縛されることとの間には天地ほどの差があるということです。この差を埋めるものこそが、「学び続ける」という営為なのです。「学び続ける」という営為には、想定の枠内に限定した学びだけではなく、それまでの想定の枠内での学びを外から突き放して観察するという、知的な行為が含まれています。
したがって、「学び続ける」ということは、自明のこととされている知識を疑い、新しい理解へ到達する途につながります。ただその際に注意しなければならないことは、総じて新しい理解は、古い理解に立脚している集団の利害にとって脅威になり得るという点です。ある種の社会集団にとって不都合な事柄は、仮にそれが重大な事実であったとしても、「隠匿する」という集団の利害が強く押し出されることも起こり得ます。つまり、新しい理解に到達するというのは、知的な行為であるとともに、本質的に反体制的な批判的行為なのです。そして「学び続ける」という営為には、既存の社会が認める価値や枠組み自体に対する極めて激しい批判が内在する以上、既存社会との軋轢を乗り越える勇気が不可欠となります。この勇気なしに知的な革新はなされません。そのことは、まさに福沢諭吉先生の文明論之概略にある『昔年の異端妄説は今世の通論なり』という言葉に語り尽くされていると思います。
今後人類社会が健全に機能し持続するためには、単に人間の願望を叶える人工システムを創出するのではなく、既存の価値や旧弊に閉じこもった固定観念を疑い、勇気をもって新たな可能性を常に追求すること、つまり「学び続ける」ことを意識的に行う必要があります。
東日本大震災は大いなる悲劇でした。あの惨禍を経て生き残った私たちは、あの事態を正確に理解し、想定を疑い、そして新たな可能性を追求する機会にしなければなりません。そうでなければ、学び続ける人間の在り方として、多くの犠牲者の無念に応えたことにはならないと考えます。
こうした状況の中で皆さんが活躍する時代を展望するとき、グローバル化の意味する一つの側面は、我が国で解決を迫られている問題が全て、地球上の生命の存亡そのものに係る時代になったということです。多様な生命の営みがなされているこの地球共生系を維持していくために、特にこの日本がそうした面で国際貢献できるかどうかは、グローバル社会における大学の進化とともに、未来を切り拓く可能性を託された若き皆さんにかかっています。
高度な専門的知識が新しい現実を創り出す力を持つ現代社会において、本日学位を授与された皆さんの社会的責任はますます厳しく問われます。本学の初代総長、沢柳政太郎先生は、どんな難局にあっても自ら考え行動し、道を切り拓いていく人材を「独立独行」の人とし、『青年は独立独行の人たるべし』と強く求めています。いよいよ皆さんの時代を創るのに、過酷な歴史の刻印を忘れず、独立独行の精神をもって、「学び続ける」という営為をこれからも毅然として続けてください。皆さんには、それができるのです。
これが、本日ここに学位記授与式を迎えた皆さんに対する、私からの希望であり、お祝いのメッセージです。
皆さんは、東北大学から旅立っても、東北大学のコミュニティの一員です。皆さんは全学同窓会である東北大学萩友会の一員でもあります。大学は、ずっとお互いに関わり続けていける関係性を築きたいと考えて、毎年10月初めにはホームカミングデーを開催しています。皆さんが折に触れ母校を訪ね、この緑豊かなキャンパスで培った師弟の絆と学友との友情を更に深めてくださることを願っています。
東北大学は、世界各国からの学生が学ぶ大学です。本日は、30か国、128名の外国人留学生の皆さんが学位を取得しました。この高い国際性は、東北大学がワールドクラスへ飛躍する研究中心大学として活動していることの証であると考えます。留学生の皆さんには、日本を、そしてこの東北大学を第二のふるさととして、母国と日本、そして地球社会の発展に貢献していただきたいと思います。本日の学位記授与式には多くの留学生の皆さんが出席されていますので、ここで簡単に英語により送別の言葉を述べたいと思います。
Now, I would like to switch from Japanese to English, because many of you are international students. I would like to talk directly to you in English.
It is my great pleasure to hold the 2014 Autumn Commencement Ceremony of Tohoku University together with the Academic and Executive Staff Members. And I am delighted to express my sincere congratulations on your successful completion of your courses in the Undergraduate and Graduate schools.
Many intractable problems including the global environment, energy, low birthrates, and financial and employment issues challenge the world today. In an effort to negotiate a solution to such problems, the world is struggling to attain new growth through innovation in all areas.
Against this background, you are expected to make use of your skills globally. I also ask you to aim to become global-leaders of a new era.
In this age of progressive globalization, it is imperative that you all acquire not only the basic skills and knowledge necessary to survive as global citizens, but also the ability to understand various cultures and the diversity of societies.
The diplomas conferred on you today certify that you have acquired both a degree of expertise and a broad perspective. They also certify your ability to address the important issues that confront our society.
I sincerely hope that your experiences and achievements at Tohoku University shall help you contribute to the development of your countries and to world peace through your forthcoming activities.
Therefore, let us walk together, even when you are away from Tohoku, through alumni networks and your continuing ties to this university. By doing so, we can maintain what is referred to as a "KIZUNA" in Japanese, meaning personal or emotional ties. I am sure, your networks help you to make your carrier and bring you happiness.
Finally, I wish to reiterate my hearty congratulations to all of you, and wish you all the best in the future.
本日は誠におめでとうございます。
平成26年9月24日 東北大学総長 里 見 進
(於:百周年記念会館 川内萩ホール)