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平成28年3月東北大学学位記授与式告辞

本日ここに、晴れて学士の学位を授与された2,472名の皆さん、修士の学位を授与された1,686名の皆さん、専門職の学位を授与された74名の皆さん、そして博士の学位を授与された456名の皆さん、おめでとうございます。東北大学を代表して、心よりお祝いを申し上げます。また、ここに至るまでの皆さんを支えてこられたご両親、ご家族、関係者の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。

私たちに耐え難い別離と悲しみをもたらした東日本大震災が発生した日から、早いもので5年余の歳月が流れました。人間は自然の脅威にどう向き合って、どのように自然と共に生きていくのか。傷ついた人々を前にして、私たちは何をすることができるのか。そして、「共に生きる」ということが、どれほど価値あることなのか。振り返れば、皆さんが学生生活を過ごした時期は、皆さんにとっても、東北大学にとっても、このような問いに真摯に向き合いながら、未来を切り拓く学術研究の「力」を信じ、震災からの復旧?復興を目指して奮励努力を求められた時期でした。皆さんの中にはプレハブなど不自由な施設で学習や研究に励まれた方も沢山いると思います。そのような厳しい環境の中でも、皆さんが新たな学位記取得者として東北大学の歴史に足跡を残されたことは、本学にとりましても大きな喜びです。本学で培った実力を遺憾なく発揮して、グローバル社会を舞台に未来を堂々と切り拓いてください。そして、東北大学も、震災後5年の節目を迎え、「東北の復興?日本の新生の先導」に全学を挙げて取り組み続けるとともに、地球社会の未来を担う世界に誇りうる教育研究拠点として更に成長していくことを誓います。
 これから皆さんは、次のステージのスタートラインに立ちます。職業人として第一歩を踏み出す人は、これから仕事を通じて社会の様々な問題と格闘することになります。研究の更なる前進を図る人は、専門ごとに分かれて真摯な研鑽に励むことになります。あるいは、祖国に戻り、祖国の発展のために持てる力を発揮する人もいるでしょう。いずれの道を進むにせよ、次のステージでは、絶えず多くの困難な課題が皆さんを待ち受けています。それは人生の節目節目に否応なしに降りかかってくることもありますが、それ以上に自らの人生を切り拓くために、自ら応用問題として設定し、一歩ずつ克服していく努力が求められることの方が多いと思います。もちろん自ら課題を設定せずに生きていくこともできます。ただ、震災後の困難な時期を本学で過ごした皆さんには、あえて困難な課題を自ら設定し、本学での学びを基盤として一歩ずつ克服していく努力を繰り返していくことを期待しています。

本日は皆さんに、それらのことを実践する上で、私が大切と考えている三つの視座についてお話しします。
 第一の視座として、『確固たる高い理想を定めること』を取り上げます。
 大学教育論で有名なセント?アンドルーズ大学名誉教授であったJ.S.ミル(ジョン?スチュワート?ミル)は、大学での教育の目的は「この世界を自分が生まれた時よりも少しでも良いものにしてこの世を去りたい」という高貴な思いを持たせることにあると述べています。「このような社会を作りたい」という確固たる高い理想をもってこそ、自分自身の問題意識に基づく課題を設定することができます。もちろん高い理想を実現することは容易な道ではなく、失敗の連続かもしれません。私はそれでもいいと考えています。現実には理想の実現を妨げる様々な桎梏がありますが、その理想がなければその桎梏を乗り越えるチャンスさえただのいびつな欠片に見えるだけです。「人は各種各様の旅をして、結局、自分が持っていたものだけを持って帰る。」これはドイツの文豪ゲーテの教示です。人は確固たる理想を持たないと、自分の狭い問題意識の範囲でしか物事をみることができない、という意味に他なりません。
 ここで「高い理想」を強調するのは、「より良い社会」への更なる進歩を求めたいからです。低い理想であればその実現自体は容易かもしれませんが、社会にとってそれにいかなる価値があるのかよくわかりません。しかし、高い理想であればいきなり到達できないとしても、そうした挑戦的なプロセスからは幾許かの学びや進歩が生まれます。つまるところ、本物の理想だけが世界を変えることができるのです。このことを半導体?光通信分野の世界的権威で第17代東北大学総長の西澤潤一先生は、「すぐに役立つ意識からの脱却が重要である」と喝破しています。
 第二の視座として、『常識から抜け出す意識を持つこと』を取り上げます。
 理想の実現を妨げる最大の敵は、自分の思い込みや世の中に罷り通っている常識という暗黙の呪縛です。私たちの思考や発想は、どうしても今出来上がっているシステムに拘束されがちです。常識という現状維持の安易さに支配され、現にあるシステムの改善で何とかできればという態度は、よく散見されることです。つまり、自分たちで勝手に線引きをして、自分たちのポテンシャルを封じ込めているのです。
 「常識とは、『偏見のコレクション』であり、大切なのは、疑問を持ち続けることである」というのは、かのアルバート?アインシュタインの言葉です。固定化した常識自体を根本から疑うことで、重要な応用問題の設定ができることは少なくありません。大事なのは、常識にとらわれずに次の進歩を招き寄せる意識です。
 ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈博士は、大学卒業後電機メーカーで真空管技術という成功体験を問い直して、当時注目され始めたばかりの半導体の研究に着手し、トンネルダイオードの発見?発明につなげました。歴史に足跡を残すイノベーションを成し得たのは、踏みならされた道の延長ではいずれ頭打ちとなると当時の技術を疑い、それなりの研究成果をあえて捨てて高い理想をもって新しいことに着手したところにあります。これからの時代を担う皆さんにも、そうあって欲しいと思います。
 第三の視座として、『共に生きる』という原点を取り上げます。とりわけ東日本大震災を経験して、私はこの言葉の大切さを改めて痛感しました。
 『共に生きる』、「共生」という言葉の意味を、皆さんも被災された方々の相互の助け合いや、国内外から多くの暖かい支援を受ける中で考えたと思います。
 現代社会では、資金、モノ、情報、サービスはもとより、自然災害、テロリズム、パンデミック、環境破壊などの脅威も国境を越えます。そこでは、文化、宗教等の差異を越え、国境を越えた人々との「共生」、また自然や生態系を含む環境との「共生」が重要になります。「生きる」という各自の営みと「共に」という他者を意識した試みとは、原理的に対立するものではありません。むしろ孔子の「夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ」にあるごとく、「忠(自分の心に従うこと)」とともに、「恕(他人への思いやり)」の精神を併せ持つことが大切になるのです。家庭や研究現場、地域、そして企業体や国家、更には国際関係に至るまで、社会の持続的発展のためには、この「共生」の概念を共有することこそが、今最も求められています。「それぞれが勝手に生きる」と「共に生きる」。どちらが私たちの見たい社会の姿を映し出してくれるか...そっと瞳を閉じて想像してみてください。人の苦しみ、痛みを敏感に感じ取れる皆さん一人ひとりが「共生」の意識と覚悟を持てば、自ら作る課題設定の中にも、その「共生」の精神が醸し出されることでしょう。皆さんは「共に生きる」という原点への理解と実践をもって、輝ける未来を作ってください。
 人は言葉で変わり、言葉に支えられることがあります。
 第一は、確固たる高い理想を定めること。
 第二は、常識から抜け出す意識を持つこと。
 第三は、『共に生きる』という原点を大切にすること。
 を強調しておきます。
 自ら課題を設定し、それを実行すると決めた限りは、失敗や変化を恐れずに積極果敢に挑戦し、未来を切り拓いてください。私たちは皆さんが決してあきらめることのない存在であると信じます。始めれば、そしてそれを続けていけば、いつか必ず道は通じます。
 これが、本日ここに学位記授与式を迎えた皆さんに対する、私からのお祝いのメッセージです。

皆さんは、東北大学から旅立っても、東北大学のコミュニティの一員です。皆さんは、全学同窓会である東北大学萩友会の一員でもあります。これからも同窓会ネットワークを通じて、共に歩んでいきましょう。皆さんが折に触れ母校を訪ね、この緑豊かなキャンパスで共に語り、悩み、笑い、そして学んだ師弟の絆と学友との友情を更に深めてくださることを願っています。

東北大学は、世界各国からの学生が学ぶ大学です。本日は、24か国、231名の外国人留学生の皆さんが学位を取得しました。この高い国際性は、東北大学がワールドクラスへ飛躍する研究中心大学として活動していることの証であると考えます。留学生の皆さんには、日本を、そしてこの東北大学を第二のふるさととして、母国と日本、そして地球社会の発展に貢献していただきたいと思います。本日の学位記授与式には多くの留学生の皆さんが出席されていますので、最後に英語により送別の言葉を述べ、私からのお祝いの言葉としたいと思います。

Now, I would like to switch from Japanese to English, because many of you are international students. I would like to talk directly to you in English.

It is my great pleasure to hold this 2016 Spring Commencement Ceremony of Tohoku University together with the Academic and Executive Staff Members. I am delighted to express my sincere congratulations on the successful completion of your courses in the Undergraduate and Graduate schools.

Many intractable problems including the global environment, disaster risk, energy, poverty and income disparities, low birth rates, and financial and employment issues challenge the world today. In an effort to negotiate a solution to such problems, the world is struggling to attain new growth through innovation in all areas.

Against this background, you are expected to make use of your skills globally. But I also ask you to aim to become global-leaders in new areas.

In this age of progressive globalization, it is imperative that you all acquire not only the basic skills and knowledge necessary to survive as global citizens, but also the ability to understand various cultures and the diversity of societies.

Each one of you has endured a long and difficult journey to this special day. The diplomas conferred on you today certify that you have acquired both a degree of expertise and a broad perspective. They also certify your ability to address the important issues that confront our society.

To the graduates: I hope that you will continue to foster the alumni networks you have established at Tohoku University, further enhance the skills and knowledge you have acquired here, and venture decisively into addressing policy challenges around the world.

Finally, I sincerely hope that today will be the first step toward a successful future for each one of you.

本日は誠におめでとうございます。
 皆さんの前途が幸多きものになることを望んでおります。

平成28年3月25日


東北大学総長

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(於:仙台市体育館)

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