平成29年3月東北大学学位記授与式告辞
本日ここに、晴れて学士の学位を授与された2,439名の皆さん、修士の学位を授与された1,662名の皆さん、専門職の学位を授与された69名の皆さん、そして博士の学位を授与された442名の皆さん、おめでとうございます。東北大学を代表して、心よりお祝いを申し上げます。また、ここに至るまでの皆さんを支えてこられたご両親、ご家族、関係者の皆様にも、心よりお慶び申し上げます。
東北大学は1907年(明治40年)の建学以来、この東北の地にあって、多彩な学術実績を基盤としながら、独自の学問を生み育て、平和で公正な社会の発展に貢献してまいりました。
皆さんが手にした学位は、これまで築き上げられてきた高度な教養、専門的な知識、国際的な視野などの知的体系を修得した証であり、人類社会の安定と発展に貢献していく資格を得たと同時に、その責任を負ったということであります。皆さんは、新たな時代のフロントランナーとして、限りなき未来へ飛び立とうとしています。
ここで、皆さんが飛び立とうとしている社会の、この何年かの課題を振り返りたいと思います。
私たちに耐え難い別離と悲しみをもたらした東日本大震災から、早いもので6年余の歳月が流れました。振り返れば、皆さんが学生生活を過ごした時期は、皆さんにとっても、東北大学にとっても、大震災に直面して衝撃を受け、あるいはその復旧?復興の途上で奮励努力を求められた時期でもありました。そのような困難を乗り越えて今日の日を迎えられたことに、心からの敬意を表したいと思います。
この大震災は、日常生活の中で当たり前に存在した大切な人、大切な物、大切な場所とのつながりを一瞬にして破壊しました。と同時に、既存の統治機構やマスメディアなど社会システムの機能不全を露呈させ、日本のリーダーや科学者の信頼も失墜させました。私たち大学の存在意義もその例外ではありません。阪神?淡路大震災で被災した作家の小田実さんは被災直後、「自然災害は事物にまつわる一切の虚飾をその巨大な力で削ぎ落として、事物の本質、真の姿を見せる」と記しています。私たちは今改めて、現実を直視し、「大学とは何なのか。科学技術とは何なのか。この地球で生きるとは何なのか。そして自分には何ができるのか。」と、自らの原点から考え直さなければなりません。
現代社会が、国内的にも国際的にも大きな試練の時期に入っていることは、皆さんも感じとっていることでしょう。大震災からの復興はもとより、地球環境の劣化、資源枯渇、民族紛争?移民問題といった地球規模のスケールで展開する深刻な危機に直面しています。「明るい未来は何か」と考えてみても、即時に想起できないし、それどころか、ますます危機が深まっていると不安を感ぜざるを得ないというのが本音のところだと思います。
しかし、私たちには、この状況を傍観したり、逃避したりすることは、決して許されません。本学で研鑽を積んだ皆さんには、このような困難な時だからこそ、一層、「社会の負託に応える」真のエリートとしての矜持を強く持ち続けてほしいと思います。東北大学は、未来を切り拓くことを託された皆さんと一緒に、地球社会の持続的成長に向けて、「今存在する危機」を「希望」に変える活動に全力を注いでいきたいと考えています。
本日は、皆さんに、私が心に留めている2つのことを、お話したいと思います。
その第一は、『より良い社会』とは何か。このあまりにも根本的な問いから私たちは出発しなければならない、ということです。
大震災は、科学者の学術研究が社会に安心をもたらし社会全体にとって良いことであるという信頼が、実は幻であったことをあからさまにしました。こうした状況をもたらした最大の原因は、大学や科学技術、そして私たち一人ひとりが社会からの負託に対して、何が「より良い社会」(Social Good)であるかという明確な価値判断を意識せず、避けてきたからだと考えています。
これまで科学技術進歩への信仰は、疑いようのない自明のものとして社会認識されてきました。イングランドの哲学者フランシス?ベーコンは、1627年に『ニューアトランティス』と題するユートピア論を著し、「科学技術の進歩」イコール「幸福」、「より良い社会」の実現という、進化論的で直線的な信仰を描き出しました。確かに産業革命以降、科学技術は、それによる生活の質の向上を通じて、このベーコンの夢の実現に大きな役割を担ってきました。
しかし、東日本を襲った戦後最大の複合災害では、科学技術が逆襲し、社会を未知のリスクにさらしました。いわば現代の科学技術は、否応なく「善(良い連鎖)」と「負(悪い連鎖)」の双方を生み出すという現実を、私たちに向かって突きつけたのです。
生命科学を例にとると、人類は今や、遺伝子の解読という形で、我が身の設計図を手に入れつつあります。しかもこの設計図は、普通の人工物とは違って、自分で施工していく能力を備えています。設計図の変更、つまり遺伝子操作による治療は、それによって人類が幸福になる「善」の要素がある反面、その安全の予測可能性は限られており、生命倫理を冒す危険があるという「負」の側面もあります。それだけに、「科学的合理性」のみならず「社会的合理性」を考慮する価値判断は、社会にとって厄介な難問です。
では、厄介な難問に対して、どう判断して行動すべきか。それには、既に存在するモデルの真似や経験則による発想では克服できない、いわば逆転の発想が必要です。すなわち、何が私たちの目指すべき「より良い社会」(Social Good)であるか、それを主体的に深く考え抜くというラディカルな発想の転換、あるいは根源的な省察から、私たちは改めて出発しなければならないと考えます。
皆さん一人ひとりには、現代の社会をより良く理解し、自らの活動が未来の社会を良くするものであるか、その価値判断をする厳しい営みを常に背負っていただくことを期待しています。
第二は、『他者性を感じる力』を持って考え、行動する、ということです。
私たちが生活している地球社会は、特定の国家や地域という壁を越えて、様々な文明が集まる共通の広場へと拡大しています。地球社会では、資金が大陸間を自由に流れます。物もサービスも科学技術も同様です。不幸なことに、テロ、パンデミック、環境破壊などの問題も自由に国境を越えます。もはや、いかなる国家も、国境の壁や警備だけで国民を守ることはできません。全ての国家が相互依存関係の中で成立する地球社会では、人々が国境を越えた様々な国の歴史と多様な価値を理解しない限り、人類が直面する課題を何一つ解決できないのです。
しかしながら、文明の衝突によって生じている争いの終わりが見えません。むしろ難民?移民を排斥?排除しようという風潮が世界的に高まっています。これらは、他者を強く否定し、「われわれ」と「彼ら?彼女ら」の違いを誇張することによって促進されています。
アメリカのジャーナリストであるトーマス?フリードマンは、「グローバル化のおかげで、私たちはかつてないほどお互いを知るようになったが、互いについては相変わらずそれほど知らないのである。」と記しています。科学技術の進展により情報や人の移動が飛躍的に早まり、結果としてお互いの接触が広がったが故に、かえって軋轢や憎しみの連鎖が増えている現代社会の悲劇を適切に表現した言葉です。
このような悲しい連鎖を断ち切るためにも、お互いの違いを認め合い、「彼ら?彼女ら」の視点を許容する『他者性を感じる力』を身に付けることが、かつてないほど重要となっているのです。
同時に、私たち一人ひとりの視点には、文化や地理的条件が影響するということも理解しなければなりません。二人で同じ世界を見ても、理解の仕方はそれぞれ違います。そしてどちらも間違ってはいません。重要なのは、どちらが正しいかを決めることではなく、他者の視点や思想の違いなど、多様性を認めるという価値観を共有することなのです。
皆さんは、これまでの大学生活の中で、学問や思想にも、また解決への道筋にも多様性があることを学んできたと思います。大学がその歴史の中で自治を主張してきたのは、時の権力との「思想の自由」への戦いで「学問の自由」が形成され、大学自身の多様性を保つためであったことを今一度思い起こす必要があります。東北大学は、そのような多様な人材を育てる努力の一助として、門戸開放の理念を実践してきました。本学で学んだ皆さんには、社会の様々な場で、他者を恐れ、排斥するのではなく、他者を感じ、他者と協働して、地球規模の課題を解決すべく、その持てる力を発揮してもらいたいと思います。
『より良い社会とは何か』ということをよく考え、『他者性を感じる力』を持って行動すること。これが、本日ここに学位記授与式を迎えた皆さんに対する、私からのお祝いのメッセージです。
皆さんは、東北大学から旅立っても、東北大学のコミュニティの一員です。皆さんは、全学同窓会である東北大学萩友会の一員でもあります。これからも同窓会ネットワークを通じて、共に歩んでいきましょう。皆さんが折に触れ母校を訪ね、この緑豊かなキャンパスで共に語り、悩み、笑い、そして学んだ師弟の絆と学友との友情を更に深めてくださることを願っています。
東北大学は、世界各国からの学生が学ぶ大学です。本日は、25か国、268名の外国人留学生の皆さんが学位を取得しました。この高い国際性は、東北大学がワールドクラスへ飛躍する研究中心大学として活動していることの証であると考えます。留学生の皆さんには、日本を、そしてこの東北大学を第2のふるさととして、母国と日本、そして地球社会の発展に貢献していただきたいと思います。本日の学位記授与式には多くの留学生の皆さんが出席されていますので、最後に英語により送別の言葉を述べ、私からのお祝いの言葉としたいと思います。
Now, I would like to switch from Japanese to English, because many of you are international students. I would like to talk directly to you in English.
It is my great pleasure to hold Tohoku University's 2017 Spring Commencement Ceremony together with the Academic and Executive Staff Members. I am delighted to express my sincere congratulations on the successful completion of your courses in the Undergraduate and Graduate schools.
Many intractable problems including the global environment, disaster risk, energy, poverty and income disparities, low birth rates, and financial and employment issues challenge the world today. In an effort to negotiate solutions to such problems, the world is struggling to attain new growth through innovation in all areas.
Against this background, you are expected to make use of your skills globally. I also ask you to aim to become global-leaders in new areas.
In this age of progressive globalization, it is imperative that you all acquire not only the basic skills and knowledge necessary to survive as global citizens, but also the ability to understand various cultures and the diversity of societies.
Each one of you has endured a long and difficult journey to this special day. The diplomas conferred on you today certify that you have acquired both a degree of expertise and a broad perspective. They also certify your ability to address the important issues that confront our society.
To the graduates: I hope that you will continue to foster the alumni networks you have established at Tohoku University, further enhance the skills and knowledge you have acquired here, and venture decisively into addressing policy challenges around the world.
Finally, I sincerely hope that today will be the first step toward a successful future for each one of you.
本日は誠におめでとうございます。
皆さんの前途が幸多きものになることを望んでいます。
平成29年3月24日
東北大学総長
(於:カメイアリーナ仙台)